メディアジャパン学園ブログ

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2007/06/11

城萌え② 吉岡城址

よく通っている長野県の国道151号を下條村役場から2.5Km南下した『ひさわ』の交差点に、吉岡城址公園の大きな案内板がありその案内の通り左折すると目的地です。本郭から国道を見ると、ちょうど国道151号線が吉岡城を分断しているんです。えらい所に道つくりよったな。主な遺構は本丸、二の丸門跡、土塁、堀切ぐらいです。あと吉岡城址の碑や兜塚、下條氏歴代供養塔それと立派なゲートボール場?

 

吉岡城とは

下条氏は甲斐源氏(武田氏系)小笠原氏の庶流で初代頼氏が大沢城に入り、5代続いたが断絶した。文明2年(1470)、深志小笠原政康の子の康氏が下条氏を継ぎ、文明7年、康氏が吉岡城を築き大沢より移った。天正10年(1582)織田氏の信濃・甲斐侵攻時に落城し、9代信氏・10代信正親子は三河に逃れた。11代信安は家康の助力で吉岡城に復帰したが、天正15年、12代牛千代(信正の子)の時、家中の内紛で改易となり、下条氏は滅亡した。吉岡城は江戸初期に代官所として利用されたが、寛永年間(1624-44)に取り壊された。

形状は連郭式平山城で東西約700メートル、南北約30200メートルに及び、中世後期の城としては規模も大きくその特徴を有している。城跡は部分的には埋没し崩されているが当時の輪郭を十分に伝えている。

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