世界遺産 熊野古道 その1
8月に入って、大阪~兵庫~京都~因島、1日おいて伊勢~熊野~津
1週間ほど出かけていた。
伊勢神宮~熊野三山は予定外。
因島から戻り、来客あり。
ゲストと話をしていたら、熊野の話が出た。
呼ばれている、これは行かなきゃと思い、翌朝ゲストと伊勢神宮に向かう。
参拝を終え、車に戻り、宿を探す。
素泊まり3,500円(^_^)v
伊勢から紀伊勝浦に向けて出発
熊野に入り鬼ケ城を通過、
私の大学時代に後輩がつけたあだ名が「赤鬼」
この由来はこの鬼ケ城にある。
「青鬼」の奥(旧姓)と私が住んでいた富士見荘は鬼ケ城と呼ばれていた。
獅子岩の近くで車を停めて砂浜に下りる。
懐かしい思い出の地
日体大時代の1年生の時に、「バッテリー合宿」が始まった。
その一期生
現在も熊野のバッテリー合宿は続いているが、当初は日体大生だけだった。
回数が増えるにしたがって、高校生の参加が増え、現在の形になっている。
この熊野の浜は砂浜ではなく砂利浜
足首までずっしり埋まる
合宿の定番、午前中はこの砂利浜でのトレーニング
往復約1キロ(もっとあったかなあ?)ぐらいだったと思うけど、参加者全員でタイムレース
今は亡き、下奥監督自らストップウォッチを持ち
1本目は誰でも走れる
2本目は精神力
3本目は根性
4本目は死ぬ気で走れ
と毎日、4本はタイムレース
ゴールにたどり着かない高校生も多数いた。
そのあとは砂利のアップダウンの厳しいところでのクロスカントリー
現役当時は、地獄だった。
その砂利浜に25年ぶりに立ってみた



しかし、熊野の海がこんなにきれいだったなんて、大学生の時は景色を見る余裕もなかった。
ひたすら砂利浜を見て走っていた。
熊野と聞くたびに、砂利浜での辛いトレーニングを思い出し、吐きそうな気分になっていた。
25年経った今だから こうして笑って写真も撮れた。
ほんの10分ほど、思い出の地で休憩して、紀伊勝浦に向かった。
この続きは次回






