2007/10/26
織部賞に向けて取材に元屋敷窯へ“14連房式登窯跡”さすが国指定史跡です。
大変ご無沙汰していました~実はまもなく11月4日(日)の岐阜県多治見市で
『第6回 織部賞 授賞式』の 開催 です。
詳しくは、 http://www.pref.gifu.lg.jp/pref/s11151/e_oribe/ ご覧下さい。
“やきもの”に携わっていなくても、子供の頃より“やきもの”はいつも近くにありました。
そんな中、高校生時代に知った桃山時代の“志野・織部”のなんともいえない魅力的なこと。
多治見工業高校にはその当時(?十年前)は電気科・機械科・窯業科・そしてデザイン科があり、
校内にはガッチリした妙な造りの建物があり、それは学生が入ることが出来ない

これは、織部の里公園に展示されています
『古陶器』の保管庫だったのです。学校祭か何かの時に入った気がしますが、そのときは
なんだか分からないけど貴重な“やきもの”がこの学校にはあるんだ~。などと思った気がします。
それらは土岐市泉町の元屋敷窯跡・14連房式登窯で焼かれた志野織部なのです。
そして今回の織部賞受賞者である林屋晴三氏と、お話しをする機会がありましたが、
見立ての達人である林屋は、美意識の元になってるのは桃山時代のやきものなのだとも言われていました。
桃山時代の美濃や土岐って、本当に凄かったんだーと思いましたね~。
いつも私の脳裏りには、あのひっそり置かれた陶片や志野・織部などの“やきもの”があったのです。

前に、日本で始めて釉薬が掛かった陶器が焼かれたのですが、
京都からの注文であった茶陶器も多く生産された事は、今考えてもすごい事だったと思います。
日本文化の最たる“茶の湯”を支えた地でもあるのです。
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