2007/02/20
奈良ならまちでの文学散歩

土岐市駄知町の酒蔵 千古乃岩のお母さん中島和子、まもなく誕生日を迎えいよいよ54歳、
まだまだ夢を追い続ける夢多き学生です。
今回の奈良でのスクーリングは『奈良文化論』、“文化”とは?には、毎日の生活で感じてる日本の歴史
生活に溶け込んでいて論ずる事も楽しそう~、なんて軽い気持ちで出かけたのです。
事前勉強に課題図書は注文したものの間に合わず、資料をネットで取り出し出かけたのです。
よくよく教科のテーマをみると「近代文学者の目から見た奈良文化論」だったのです。
実は『文学』は、私の苦手な分野なんです~。正岡子規の俳句「柿喰えば鐘が鳴るなり法隆寺」には、
親しみと共感は出来るのですが、高浜虚子、会津八一、折口信夫、志賀直哉などなど・・・
ましてや万葉集となれば気が遠くなりそうです。
今日は三日間のスクーリングなかび、ならまちの“文学散歩”で、奈良大・浅田隆先生の配慮で特別スポットから見た不思議な史跡を紹介!
登大路町30番地の住宅地の中に驚くような『頭塔』(ずとう)は東大寺の古文書の記録にあり、もともとは仏塔だったようです。
「五重塔などと同じように仏舎利を納める仏塔と考えられてる」と、パンフレットに書かれていました。
これは、直接見ないとこの感動は分からないと思うのですが画像を載せます。

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